FUGADEN JOURNAL
Landscape Translation
文脈を、風景にする。
- 01 文脈を、風景にする。 庭を考えるとき、私たちが最初に見るのは「もの」ではありません。植栽や石、門やウッドデッキを思い浮かべる前に、その土地にどんな時間が流れてきたのか、そこで暮らす人がどんな一日を過ごしているのかを見ます。
- 02 庭をつくる会社から、暮らしと土地の未来を描く会社へ。 庭を考えるほど、庭の外側にあるものが見えてくる。家、土地、地域、文化。風雅伝が造園・外構の外へと領域を広げてきた理由と、五つの設計領域について。 風雅伝は、造園・外構設計を軸に始まりました。いまは文化、企画、デジタル、環境といった領域にも関わっています。外から見ると、ばらばらの仕事に見えるかもしれません。
- 03 庭は、家の外側にあるものではない。 庭は、家の外にある別の工事ではなく、暮らしの背景です。窓の内側から庭を考えるということについて、風景翻訳家が考えていること。 庭の工事は、「外構工事」と呼ばれることがあります。家の外側を整える工事、という意味です。間違いではありませんが、私はこの呼び方に、少しだけ違和感があります。
- 04 なぜ、庭をつくる前に「診断」をするのか。 Fu-Garden は、いきなり図面を描きません。最初に行うのは、現地調査とヒアリングによる有料の「庭の診断」。その理由と、診断で何をしているのかについて。 Fu-Garden の仕事は、庭の診断から始まります。現地を調べ、お話を伺い、その土地と暮らしにどんな風景がふさわしいのかを探す時間です。この診断は、有料です。
- 05 お金の流れを、風景の質へ。 Fu-Garden は、施主と職人が直接契約する形を選びました。安さのためではなく、お金をできるだけ風景そのものに届けるために。その仕組みと理由について。 庭をつくるお金は、どこへ流れていくのか。Fu-Garden の仕組みは、この問いへの私たちなりの答えです。
- 06 職人を「下請け」と呼ばない理由。 良い風景は、ひとりではつくれない。Fu-Garden が施主・設計者・職人を対等な三角形として考える「三者共創」と、職人という存在への敷意について。 庭は、図面の上では完成しません。石の面をどちらに向けるか。木をどの角度で植えるか。その最後の判断をするのは、現場に立つ職人の手と目です。
- 07 何をつくるかより、何を残すか。 新しい庭を考えるとき、私は「何を足すか」からではなく、「何を残すか」から考えます。風景翻訳家が行き着いた、引き算の設計について。 庭をつくる仕事をしていると、どうしても「何を入れるか」に意識が向きます。植栽、石、照明、素材。どれも大切ですが、私が最初にするのは、そこにすでにあるものを、ゆっくり見ることです。
- 08 庭を、作品として残す。 一つひとつの庭には、その庭にしかない理由がある。完成した庭を「施工実績」ではなく「作品」として記録することについて。ホビット風の庭を例に。 施工例のページには、ふつう完成写真が並びます。それも大切ですが、写真だけでは、その庭がなぜその形になったのかは伝わりません。
- 09 神々の庭――文化を、もう一度「結ぶ」。 風景と同じように、文化もその背景を読まなければ見えてこない。お米と日本酒を核に、企業と神社と伝統文化を結ぶ「神々の庭」について。 庭を考えるときと同じように、文化もまた、その背景を読み解かなければ見えてきません。神々の庭は、風雅伝がこの考え方を食と文化に向けた、もう一つの実践です。
- 10 風景翻訳家という仕事。 風景翻訳家は、決められた職業名ではありません。庭も、文化も、食も。異なる仕事の底にある、ただ一つの職能について。 「風景翻訳家」と名乗ると、「それは何をする人ですか」と聞かれます。決まった資格も、業界の分類もありません。この回は、その問いに答えてみます。
- 11 風景翻訳家が、経営ツールをつくった理由。 庭をつくる仕事は、数字をつくる仕事でもあります。造園の設計者が、自社のために売上管理の道具をつくった理由と、「企画設計」という翻訳について。
- 12 頼まれて、登山届をつくった理由。 知人のひとことから生まれた、登山届のアプリ。山名と登山口と下山予定を、家族に届く一枚にする。頼まれごとを仕組みにする、企画設計の実例です。
- 13 予測をしない道具を、つくった理由。 「金利が上がったら、返済はどうなる?」知人の相談から生まれた、住宅ローンの判断の道具。予測はせず、判断が変わる「分かれ目」だけを示します。
- 14 庭の探求が、神道の探求になった。最新 英国で学んだ「足し算の庭」への違和感。自分の国を何も知らなかった、という気づき。神社に足を踏み入れた日に、庭の探求が神道の探求へ変わりはじめたことについて。